東日本大震災を振り返る 被災地に足を運んで初めて気づいたことも

2016年3月11日、あの未曾有の大惨事をもたらした東日本大震災から5年が経った。昨年12月に、福島県いわき市を視察した感想も含め、震災について書いてみようと思う。
1.震災当日の状況
2011年3月11日の当日、私は体調が優れず、休暇を取得し部屋で休んでいた。そして、14時46分、信じられない揺れが起こった。いつまでこの揺れが続くのだろうと恐くなったことを覚えている。
ようやく揺れが収まり、私は慌ててテレビをつけた。緊急地震速報が流れている。その後、時間が経つにつれ、テレビ画面に恐怖の光景が映し出されていく。津波の恐ろしさを目の当たりにし、身体が震える。今でも思い出したくない光景だ。
2.海外からの支援
東日本大震災を受け、海外から多くの支援が集まった。そのことに関する感謝の意味も込め、支援状況を再確認してみた。外務省のホームページによると、163か国・地域および国際機関から支援の申し出を頂いたそうだ。
震災後3日間の間に、6つの国(韓国、米国、シンガポール、中国、スイス、ドイツ)が被災地に入った。3月12日には韓国の救助隊が宮城県仙台市で、3月14日には中国の救助隊が岩手県大船渡市で、3月16日には台湾の救助隊が宮城県名取市で、それぞれ支援活動を開始している。世界各国・各地からの支援は、われわれ日本人として忘れることが出来ないものである。
3.福島県いわき市の現状
昨年12月19日に、いわき市に縁のある方の案内で、福島県いわき市を視察した。いわき市は、津波で300人以上が死亡するという甚大な被害を受けた。津波が襲った小名浜港付近を車で回ったが、広大な更地が広がっている。復興の中心とすべく、大きなショッピング・センターの誘致も行っているようだ。
その中で、特に目を引くのが高さ7.2メートルの巨大な防潮堤建設現場である。防潮堤により全く海が見えない。海が見えなくなったことにより、情緒不安定になる住民もいると聞いた。現在、東北各地で防潮堤の建設が相次いでいる。安全のためには致し方ないとは思うが、美しい景色が見えないことで、精神面に影響を及ぼす可能性があることは、現地で実際にお話をお聞きし、初めて気がついた。
また、いわき市には福島第一原発周辺から多数の避難者が暮らしている。一部住民と避難者の間で、心のわだかまりも生じてきていると聞いた。また、東北全体では、震災で崩れた建物などをモニュメントとして残すことに賛否両論が出ている。我が国では、政府・自治体の考えと、住民の意見を調整するのは難しい問題である。
お隣の中国では、2008年5月12日に7万人弱が亡くなった「四川大地震」が発生した。その後4年間で、中国政府は21兆円を復興費用として投入、速やかにガレキを撤去すると共に、崩壊した建物をそのまま保存し「震災復興遺跡」として保存し、多数の観光客として呼び込んでいると聞く。どちらがいいとか悪いとかではなく、日中の国柄の違いが見られる。
最後に、震災でお亡くなりになられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。
(執筆者:日本経営管理教育協会・三好康司 編集担当:如月隼人)(写真提供:日本経営管理教育協会/JR東日本いわき駅)
2016年3月11日、あの未曾有の大惨事をもたらした東日本大震災から5年が経った。昨年12月に、福島県いわき市を視察した感想も含め、震災について書いてみようと思う。
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2016-03-25 18:00