政治に翻弄されるも逞しく生きる中国民営企業の経営者

 中国の土地収用と言われて、デベロッパーと結託した地方政府の農地の強制収用を思い浮かべる読者も多いだろう。実際に日本のマスコミによって報道される中国の土地収用は、たいてい農地を商業用地や工業用地に転換するケースだ。もちろん、市街地の工場用地が、都市再開発目的で収用されることもある。中国では、政府が主導して郊外への工場移転を実施している。  しかし、筆者の取引先(ティア2サプライヤー、いわゆる孫請け企業)は、上海郊外の工業団地にある。そのメイン工場が、土地収用のため閉鎖取り壊しになるという。道路の拡張か、商業施設でも誘致するのかと、筆者は勝手に思い込んでいた。しかし、ティア1サプライヤーの総経理と件の工場を訪問して話を聞くと、驚くなかれ、土地収用の目的は、農地への転用であるという。読み違えないで欲しい、工場跡地を農地にするというのだ。確かに中国の急激な土地開発(都市化)で農地は激減しており、食料自給率の維持など長期的な視点に立てば、増えすぎた工場用地を農地に転用する必要があるのかもしれない。計画経済、一党独裁の国ならばありえない話ではない。  素朴な疑問として、工場跡地が、農地になるのだろうか?そもそも、今さら農業をはじめる農民など存在するのだろうか?(ひとつ目の疑問はさておき、受け皿となる農業企業があるという、さすが中国である。)  取引先の近隣は、すでに工場建屋の解体が済み、更地になっていた。取引先の工場も、すでに閉鎖され、生産設備の大半が搬出されていた。まさに、もぬけの殻である。この工業団地で働いていた労働者の多くは、いわゆる民工(出稼ぎ労働者)だ。きっと昨今の不景気では、代わりの仕事に就けずに帰省した者も少なくないのかもしれない。  上海市政府の狙いのひとつが、付加価値の低い仕事をする、要するに納税額の低い民工を市内から追いだすことだと考えてしまうのは、穿って考えすぎだろうか。中央政府は、都市籍、農民籍の格差を改める方針を打ちだしている。納税額の低い民工に対しても都市籍住民と同レベルの福祉サービスを提供すれば、上海市の財政を圧迫することになると考えるのが自然だろう。。  件のサプライヤーには、1年先まで続く仕事をすでに発注していた。筆者が訪問する前までは、代替のレンタル工場を探して生産を継続する予定だが、レンタル工場探しに難航していると伝えられていた。しかし、実際に会って話をして、その可能性がないことを確認することになった。つまり、レンタル工場そのものが、なかなかみつからないのではなく、“条件の良い”レンタル工場がみつからないということだった。  ご存知のように、不景気な中国には、廃業した空き工場ならいくらでもある。しかし、上海市内の環境規制は年々強化されているため、新たに営業許可を取得するためには、あたりまえのことだが、現在の環境基準をクリアしなくてはならない。それをクリアする環境設備を整えた工場のレンタル料は高く、昨今の低迷している受注価格では、採算がとれないという。今般、閉鎖する工場は、改革開放の1980年代に地方政府が開設した工業団地に立地しているが、まさにイケイケドンドンのどさくさで、地目は農地のまま、建屋の環境設備も既存不適格のまま操業してきたので、いわゆる減価償却費は、ほとんどコストに算入する必要がなかったのである。このコスト構造は、件のサプライヤー特有のものではない。成熟した産業に属するサプライヤーに共通する状況である。  最悪の状況も想定していたのか、ティア1サプライヤーの総経理は、すでに代わりのティア2サプライヤーを準備していた。上海市内ではないが、そんなに遠方ではない。不景気が幸いして代替候補の動きもよく、すでに試作品のティア1サプライヤーの検査も合格しているという。量産生産までは、工場閉鎖前に前倒し生産した分で出荷も繋げる。数年前の好況時ならば真っ青だが、昨今の不景気と中国人らしからぬティア1サプライヤーの総経理に救われた。  工場を閉鎖するティア2サプライヤーは、創業当初からある小さな工場で細々と製造業を続けるというものの、総経理の表情は、これっぽっちも暗くない。むしろ、晴れ晴れとしている。それまで、採算ラインギリギリで営業していたメイン工場を閉鎖できる大義名分ができ、相応の補償金も受け取れる。実は、渡りに船だったのである。工場用地の農地転用は、上海市からはじまったモデルケースなのかもしれない。上海市のように財政的に恵まれている都市では、機能するが、この流れが全国に拡がるか否かは、なんともいえないだろう。  政治に翻弄される民間、といったイメージの強い中国であるが、中国の民営企業経営者は逞しい。彼らの多くは、金属加工業そのものをやりたくてやっているのではない、自らの持つリソースから最大の利益を得る方法が金属加工業だったというだけである。日本の経営者ならば、補償金に自己資金を足してでも金属加工用の工場を購入するだろうが、中国の経営者は補償金を元にまったく別のジャンルの起業をする。1年後には、ホテル経営者として、ロビーで出迎えてくれる。そんなことがあっても、ちっともおかしくないのが中国である。(執筆者:岩城真 編集担当:大平祥雲)(イメージ写真提供:123RF)
中国の土地収用と言われて、デベロッパーと結託した地方政府の農地の強制収用を思い浮かべる読者も多いだろう。実際に日本のマスコミによって報道される中国の土地収用は、たいてい農地を商業用地や工業用地に転換するケースだ。(イメージ写真提供:(C) epicstockmedia /123RF.COM)
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2016-07-19 19:15