アベノミクス相場を振り返る-成功する投資家のケーススタディ-=村上尚己
2013年の日本のマーケットは、大幅な株高と円安(超円高の是正)が起きる歴史的な大相場となった。2012年末に誕生した安倍政権が掲げる経済政策、いわゆるアベノミクス。これをきっかけに、株高と円安が進み、それとほぼ同時にリーマンショック以降停滞が続いた日本経済が回復に向かい始めた。
金融緩和強化を「第一の矢」と定めるアベノミクス発動は、日本銀行の政策が十分と考えていなかった筆者にとって待ちに待った政策対応だったが、それが実現するまでに、従来考えられなかった出来事が積み重なって起きた。この劇的なドラマの末、アベノミクス発動で日本の金融市場の姿は一変した。筆者自身もアベノミクスを巡るドラマを観察する中で、20年弱に及ぶエコノミスト人生の中で最もエキサイティングに、日本の金融市場そして経済動向について投資家の方々に情報提供をさせていただくことができた。
2013年5月半ばまでに、日経平均が16,000円に接近し、ドル円も103円台まで上昇した。アベノミクスが前進する過程で、いくつかの重要なイベントがあった。これらのイベントを含めた経緯は、資産運用に取り込む個人投資家が、金融政策がマーケットに及ぼす影響を理解するうえで「格好のケーススタディ」になる。
具体的なイベントは、突然の解散総選挙(2012年11月半ば)、脱デフレと金融緩和が争点となった総選挙での自民党の勝利(12年12月末)、+2%のインフレ目標実現(2013年1月半ば)、政治主導での日銀総裁人事(13年2月末)、黒田日銀による量的・質的金融政策の導入(13年4月初旬)、などが挙げられる(グラフ参照)。
従来までの日本銀行の金融政策は適切でないと安倍政権が考え、脱デフレにおよび腰だった日本銀行の政策を根本から変えようとした。この安倍政権の姿勢がはっきりすると、市場では早期の脱デフレが実現するとの予想が高まり、株高と超円高の是正が進んだ。
以下で、上記のイベント前後に、筆者がレポートでどうお伝えしたかを紹介したい。それぞれの重要イベントの意義を理解頂くとともに、筆者のその時点の評価が妥当だったかの自己評価(反省)もさせて頂きたいと思う。
<政権交代につながった解散総選挙に関するレポート>
「自民党政権誕生で、円安や日本株高はどこまで進むのか?安倍総裁がふさわしいと考える日銀総裁が誕生すれば、今年(2012年)2月から3月にかけて実現したような、円安、そして株高が再現してもおかしくない」(2012年11月14日)。
(自己評価)今から考えると、当時は控えめなコメントだった。言い訳になるが、レポート執筆時は解散総選挙がいつになるか不明だったので確たることが言えなかったこともある。また、安倍首相が、金融緩和強化(リフレーション政策)が必要と強い確信を持っていることを、当時は筆者も完全には理解していなかった。
<自民党の衆議院選挙での勝利の直後のレポート>
「景気回復と脱デフレを最重要視する政権誕生、脱デフレに積極的に挑戦する日銀総裁が誕生すれば、経済政策の枠組みが大きく変わる。過去3年余りの日本経済・株式市場の長期停滞は一変するだろう」(2012年12月17日)。
(自己評価)このレポートについては、何人かの読者の方から「随分と大胆な意見ですね」「覚えておきますよ」とフィードバックを頂いたことを覚えている。「一変するだろう」→「劇的に変わるだろう」と、もっと強く評すべきだったか。
<物価目標2%導入が決まった直後のレポート>
「(日銀は)、FRBの金融緩和策を見習ったのかもしれないが、追いついたとは言い難い」「新たな日銀総裁の下で、確実にデフレ脱却を達成する金融政策運営が実現することを、期待するしかないだろう。アベノミクスが成功するか否かはそれ次第である」 (2013年1月22日)。
(自己評価)白川前総裁が決定した対応が、当時の米FRBと比べて足りないことを批判的にレポートで扱った。ただ、実際には、この時に政府との共同声明で+2%のインフレ目標が決定されていた(日本銀行はそれまで慎重だった)。これが新体制下での日本銀行の政策に大きく影響することになったのだが、この点について前向きに、評価して言及できなかったのが悔やまれる。
<日銀総裁人事が固まった直後のレポート>
「黒田氏も、これまでの日本銀行の金融政策の失政にかなり批判的である。米FRBの金融政策がスタンダードになっている海外投資家にとって、黒田氏、岩田規氏の金融政策の考えは「標準的」であり、日本銀行もようやく「普通の中央銀行」に一歩近づいた、と認識されるだろう」
「とりあえずは、アベノミクスが第一歩を踏み出す準備が整いつつある、ことをマーケットは好感するだろう」(2013年2月25日)
(自己評価)この人事が固まる前に、黒田総裁誕生の可能性が事前に報道されており、またその後には、総裁・副総裁任命を巡る政治混乱が予想されたため(結局、無事国会で承認されたが)、ポジティブなトーンを抑えたコメントとなってしまった。実際には、日銀総裁・副総裁人事の決まり方は、従来の慣例を打ち破り脱デフレを目指す政権主導で実現したわけで、この点を強く強調するべきだった。
<量的・質的金融緩和導入後直後のレポート>
「中央銀行による資産購入が続けば、理論的に将来インフレが起こる。こうした明確な姿勢を示すことが、市場の予想インフレ率を高める。声明文の最後で、予想インフレに働きかけ、早期の脱デフレを目指す政策姿勢を鮮明にしている」
「(量的緩和政策に否定的で期待インフレ率への働きかけをほとんど考えていなかった白川前総裁とは)180度異なる考えで金融政策が遂行されるわけで、これはレジーム(枠組み)チェンジ」
「日本経済が脱デフレを果たすための、最低限の条件である金融政策のレジームチェンジはようやく実現した。日本銀行の政策転換への期待で、これまで大幅な株高・円安が続いたが、このアベノミクス相場はしばらく続くだろう」(2013年4月4日)。
(自己評価)黒田新総裁が従来の政策の枠組みを完全否定し、マネタリーベースを増やすと同時に、+2%の目標実現に強くコミットしインフレ期待を高める狙いをはっきりさせた姿勢をポジティブに評価することができた。概ね合格点と思われる。なおこの後、5月半ばまで、大幅な株高と円安が続いた。
筆者は、これら以外のレポートでも、一貫してアベノミクスを評価する立場からレポートをお伝えしてきたつもりだった。ただ、イベント発生直後のコメントは、重要な点に言及が至らないなど、反省すべき点も数々あった。
以上の反省を生かして、今後も役立つ情報提供できるよう日々精進したいと存じます。来年も引き続きマネックス証券、並びに本レポートをご愛顧頂きますよう宜しくお願いいたします。(執筆者:村上尚己 マネックス証券チーフ・エコノミスト 編集担当:サーチナ・メディア事業部)
2013年の日本のマーケットは、大幅な株高と円安(超円高の是正)が起きる歴史的な大相場となった。2012年末に誕生した安倍政権が掲げる経済政策、いわゆるアベノミクス。これをきっかけに、株高と円安が進み、それとほぼ同時にリーマンショック以降停滞が続いた日本経済が回復に向かい始めた。
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2013-12-30 17:30